115-2000(身延色)

鉄コレ20弾を見越して115系2000番台身延色が発売になったと思いますが、まんまとトミーテックの策略にはまり購入しました。
最近は買ってもそのままのものが多く完成品ですら竣工できませんが、先日のモジュオフでインレタ入れをしたので先行竣工しました。

HG仕様では無いので、中間組込のクハはアーノルドカプラー、スカート無しのスーパーローコスト版です。

クーラーの塞ぎ板がいい感じです。

まだ未完の鉄コレ塗装し直しの62系と記念撮影。実物では62系はちょっとラップしたのかな?

マイクロのクモユニ143と並べてみましたが、全く違和感無いです。

クモユニが先頭についていて前が見えなくてガッカリした思い出があります。

まぁ、後悔しても仕方ないのですが、撮っておいて良かったと自分に言い聞かせます。

屋根上この頃撮っていたのかと思う自分。父親からもらったTOPCONの一眼で、シャッタースピードの関係なんて分からずシャッターを押した1枚。でも塗り分けの雰囲気は分かります。
ホイッスル取り付けるの忘れてました。

この時本当は旧国を撮ろうと勇んで行ったのですが、旧国が廃止になっていたのを知らずガッカリしたのはナイショです。現代のリアルタイムな情報が当時あったらヘッポコ工場長の人生は変わっていたはずです。

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115-2000(身延色) への12件のコメント

  1. こんにちわ

    ヤマを張るのもまた楽しかった時代ですよね

    確かにネット情報は便利である事は間違いないですが
    『ポケモン集め』『切手収集に変わる物』へ変化してしまった…

    ネタ列車ばかり撮るのが『鉄道趣味』じゃないはずなんですけどねぇ

    • ヘッポコ出戻りモデラ- より:

      >南栗橋車両管理区荒川支所さん
      情報が少ないというか全くない中で、色々想像しながら待つのも楽しかったです。
      ネタはネタで良いのですが、情報が溢れるのも選びきれず困りますね。

  2. D-Train より:

    こんにちは。
    115 2000番代入線おめでとうございます。
    やはり、良いですね~
    トミーテックの戦略より早くにマイクロのクモユニ入線済みだったんですね!
    前に連結して楽しさ倍増。
    ヤバイです~欲しくなってきました。
    戦略にもずーっと誘惑されてます。

    • ヘッポコ出戻りモデラ- より:

      >D-Trainさん
      ありがとうございます。D-Trainさんほどでは有りませんが、ちょっとずつ新車増備進んでます。
      メーカーも色々琴線に触れる売り方してきますね。
      まだ在庫あるんぢゃないんでしょうかね?(^^)

  3. 隠密 より:

    こんばんゎ。
    身延線の115系、懐かしいです。
    旧国廃止を知らずに…
    そんな115系も今や貴重な1枚になりましたね(;^_^A

    中間組込用クハ、え~(@_@;)
    KATOの首ふりスカートのほうがマシですね(;^_^A
    メーカーとしては、TNカプラーを買ってね~…、という意味なんでしょうね。

    • ヘッポコ出戻りモデラ- より:

      >隠密さん
      115系自体が中部地区から消えちゃいましたね。
      技術はともかく、記録は大切ですね。

      中間先頭車は見えないというのもありますが、買ってねオーラを感じました。

  4. G13型電車 より:

    今日は、Gです。
    御懐かしいですねぇ、通称「ワインカラー」の身延線115系ですね。
    当時、長鉄局の大糸線と同時期にゲタ電から115系の置換えに際し、従来の湘南色ではなく、地方色を採用してのデビューは静鉄局の意気込みが感じられたモノとして子供心(!?)に感心しましたね。
    モデル化は登場当初の4両編成とのことですが、貴方の編成で組んで居られるスタイルですと実車とは異なってしまいます。
    と云いますのも、御写真の後方が見辛いのですが、明らかにTc車(制御付随車=クハ)が、神戸(甲府)向に連続して連結されて居られますが、正式には←Tc’+Tc→M’+Mcと云う、クハが背中合わせに連結されたスタイルが正規です。
    これは当時、身延線ゲタ電が2両編成主体であったことから、乗務員(車掌)の中間駅におきる集改札業務+ドアー扱いの監視用に配慮されたものです。
    同様のことが、現在のJR四の車両に反映されて(6000系、だったかな)居られますね。
    このM’車とに挟まっていたTc(奇数向=東京向2100番代)車が、84年改正の新鉄局の電化開業用に全て転用されてしまい以後、身延線は3両編成のみの運用となります。
    故に、現在のJR東、新潟地区に居る2000番代Tc、Tc’車はこの静鉄局からの転用車となりますが、この転用時以降に数両が偶数向に方向転換改造を受けているため、2100番代で残っている車両は僅かですがね。
    何時もながら、重箱の隅突きで恐縮です。

    • ヘッポコ出戻りモデラ- より:

      >G13型電車さん
      確かに変ですね。クモハを出す時並べ替えてそのまま撮ってしまってます。
      クハが両端に来る編成をやるつもりでした。

  5. G13型電車 より:

    今晩は、Gです。
    貴方仰られる様に、一枚目の富士駅で撮られたと思しき先頭車が写っている車両ですが、確かにTc車ですねえ。床下機器のブレーキ制御ユニットの箱以外にこの海側に主抵抗器の箱が見えて居ない、確かにTc車の奇数向きの車両が東京方の、Mc車ユニットの編成に対して、東京方に連結されていると云う位置関係が確認出来ますねぇ。
    はて?この様な編成は当方は記憶が御座いませんでした。
    編成上、やれない事は無いんですがね、59-2の越後・弥彦電化直前の転配前の一時的な編成だったんですかネェ?
    まあ、今の時代、何がしかで調べればすぐに氷解してしまうんでしょうが。
    余計な御節介、恐縮です。

    • ヘッポコ出戻りモデラ- より:

      >G13型電車さん
      転配については全く分かりませんが、クハの背中合わせは見た記憶がありませんでした。
      ところで、62系は115系導入と同時期に引退していたかご存じでしょうか?なんか115系と62系を同時に見た記憶があったのですが。

  6. G13型電車 より:

    何回も御邪魔させて戴きまして大変恐縮です。Gです。
    通称:アコモ改造車こと62系とは、件の1984(昭和59)年2~3月頃、ないしは翌年の1985(昭和60)年3月ダイヤ改正位まで運用が在った筈です。
    しかるに1981(昭和56)年頃投入の115系とのコラボは当然ありました。
    因みに廃車は1986年末位だったと思いますが、59年か60年に運用離脱後、暫く西浜松(旧浜松機関区跡地)に雨曝しで置かれていたのを記憶があります。
    当時、川越電化で復活となった、72系970代と同様に113ないしは115系への改造が目論まれていたと何かの本で読んだ記憶がありますが諸問題が多く、実現しなかったと云う事です。
    因みに、「佐久間レールパーク」に置かれていた運転台のカットモデルは何を隠そう、62系Tc車から切り取られた個体です。
    若干、記憶が曖昧な部分が御座いますが、これでよろしいでしょうか?

    • ヘッポコ出戻りモデラ- より:

      >G13型電車さん
      3年ほどラップしていたんですか。記憶があやふやでしたが、コレで並べて遊べられそうです。62系の廃車は意外と結構遅かったんですね。
      佐久間レールパークへは62系目的でいきました。
      ありがとうございました。

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