久々の新車竣工

鉄コレ改造や完成車両の塗り替えが続いてましたが、数年ぶりに新
造車両が完成しました。
っと言ってもこの車両は着手から完成まで3年2ヶ月かかりました(-_-;
先頭車ですが、先頭にはでず横浜線の中間組み込み用クモハのユ
ニットです。
完成
小田原行きになってますが、小田原には行きません。中間組み込み
のいたずら幕です。
前面
中間に組み込まれます。
連結
今日は夜間の計画停電にあいました。が、自家給電装置によりテレビ
も見られますし、停電中にエアブラシも使えます。8年前に導入しまし
たが今回初めて役にたちました。若干の設備増強を行い、今のところ
順調に稼働してます。夏までにはもう少し容量の増強を図る予定です。
給電装置

カテゴリー: 工場日報-103系   パーマリンク

久々の新車竣工 への18件のコメント

  1. こんばんは。
    新車竣工、小田原行き、楽しいですね♪
    自家給電装置、これからしばらくは威力を発揮しそうですね。
    これから、こういった製品が必需品になりそうですね。

  2. Eはみ猫 より:

     ブルーの103系は横浜線だったんですね!クモハをはさむと編成のアクセントになりますね。
     「備えあれば…」と云いますが、具体的にどれだけ備えれば、憂いは無いのか…なんて思います。みなさまご無事なようで、ほっとしておりますが、仕事中の停電は難儀です。

  3. 池上各停 より:

    ありがとうございますこれからからの制作に役立ってたいとおもいますわたしは今東急7700の歌舞伎を作っていたので..返信ありがとうございますそれからあいさつもなしに打ってすみませんでした

  4. ヘッポコ出戻りモデラー より:

    >目黒のダンボさん
    こんばんは。小田原行きLJの店主さんから聞いて何となく思い出しました(^^)
    都内は当面停電がないからうらやましいです。
    夏はクーラーも期待できそうにないですね。

  5. ヘッポコ出戻りモデラー より:

    >Eはみ猫さん
    こんばんは。クモハは4+3の中間組込用ですが、2~3回しか乗った記憶がないです。
    編成完成までにはまだまだ時間かかりそうです。
    忘れた頃にやってくる・・・にならないようやはり備えておきたいです。

  6. G13型電車 より:

     今晩は。
     製作されておられた103系、完成されましたね。まさかの中間M車代用車とは、恐れ入りました。
     あわよくば、これらスカイブルー車の側引扉または車体中央に位置する側窓上に「横浜線」の白地のステッカーが欲しいですね(笑)。
     シールドビームを白熱1灯に戻されましたが、却ってリアリティーがありますね。
     重箱の隅突きが失礼たしました。

  7. 池上各停 より:

    こんにちは.停電でクーラー使えなかったらその103と同じ非冷房なかんじですね 
    MCからの中間車やっぱりいいですね

  8. ヤマシタ より:

    ハマ線の中間組み込みクモハ103懐かしいですね~。
    クモハと向き合うサハの貫通扉に「通り抜けできません 蒲田電車区」(だったかな?)の看板がガラス越しに見えていたような記憶があります。
    ドア上の「横浜線」ステッカーは貼られてなかったんでしたっけ?

  9. マーボー堂 より:

    こんにちは

  10. マーボー堂 より:

    竣工おめでとうございます。
    いたずら幕面白いですね。
    先頭中間の連結。
    小さいころ南武線に乗ったら中間車の貫通扉のノブが開かないように針金でぐるぐる巻きになっていたのが印象的でした。
    停電でエアブラシが使えなくなったらウチの工場は大打撃です。
    ウチは作業中に停電にならない事を祈るのみです。

  11. ヘッポコ出戻りモデラー より:

    >G13型電車さん
    こんばんは。確かに初期の頃はステッカー貼ってありましたね。先頭スカイブルーはあったような気もしますが、混結もあったのでしょうか。
    一応、この後は緑色のサハとユニットを製作予定です。

  12. ヘッポコ出戻りモデラー より:

    >池上各停さん
    こんばんは。説明書通りで、たいしてお役に立てずすみません。
    歌舞伎編成がんばってくださいね!
    小学生の頃友達がクモハに乗って、私がサハの貫通引き戸の所に立ち、車両越しに手を振って遊んだりした記憶が懐かしく製作しました。

  13. ヘッポコ出戻りモデラー より:

    >ヤマシタさん
    こんばんは。あらら!そんな文言のお知らせありましたか!
    私は記憶があやふやで覚えておりませんでした(^^;
    が、しかし、さすが巨匠!行動範囲広いですね。
    ドア上に横浜線表記ありましたか。鳳辺り探してみます。

  14. ヘッポコ出戻りモデラー より:

    >マーボー堂師匠
    こんばんは。南武線にも中間先頭車あったのですか。
    南武線は乗ったのも見たのも記憶無いです・・・
    針金は横浜線にもありました。開けてみたくてガチャガチャやりましたが、縛ってありましたよ。
    作業中停電は祈るしかないですね。塗料が固まったりしたら一大事です。

  15. G13型電車 より:

     今晩はGです。
     中間M車代用Mc車は旧型ゲタ電時代から頻繁に実施されていた様子ですね。101系にしても103系にしても非冷房時代は両栓構造故に、ぶっちゃけどの向きどの位置にでも連結は可能ですよ。
     101系は記憶がありませんが、103系は冷房化後(新製車・改造車どちら)も両栓構造で向きに関係なく連結できましたから。
     スカイブルーとウグイスの併合は横浜線の場合は日常茶飯事ではなかったかと。
     自分が学生時代にATC車ではありましたが、東神奈川方のみスカイブルーで後の6両がウグイスを目撃しています。
     また、’70年代アクションドラマの「大追跡」で横浜を撮影舞台にしているため番組初期の頃に根岸線・関内付近の線路脇の雑居ビルで撮影されている時などにはビルの窓の外を走る車両にこの混色編成や、EF65PFのタンク列車なんかが写り込んでいます(京浜東北用かもしれませんが)。
     他の方も仰られているように、南武線なんかも元が旧国のゲタ電から新性能化された経緯のある路線ですから変則編成は当たり前の様に考えていたのでは、と推察致します。
     貫通扉のラッチに針金・・・は、単に悪戯防止と貫通扉が「開かない」を旅客に告知するためでしょうね。この貫通路扉自体に鍵を掛けておけばラッチ(扉のレバーの様な取っ手)をいじっても動かない筈ですので。
     貴殿の記憶にあるガチャガチャは多少のガタ故に動いた時の印象が御有りの出来事と推察できます。
     首都圏の国電では混色編成が当たり前の時期が有りましたが、編成の異色車両は必ずその路線名のステッカが貼ってありましたよ。贅沢(?)な場合は、側引扉一箇所毎に、横着(?)な場合でも側面の中央部に一箇所一枚貼ってありました。
     因みに、東海道線と横須賀線の113系車両の混色の場合にもこの路線名ステッカー貼ってあったような記憶が。
     長々と重箱の隅突きが失礼致しました。

  16. ヘッポコ出戻りモデラー より:

    >G13型電車さん
    こんにちは。先頭だけ色違いありましたね。青が1両だったかは覚えてませんでしたが、真ん中まだらが一番好きで、ウグイス1色やスカイブルー1色がくるとがっかりした記憶があります。
    貫通扉あっきっこありませんが、ガキの好奇心ですが、今思えば当然ですね。
    ステッカー記憶にはありませんでしたが、写真を見るとあったり無かったり。鉄道ファンを捜しましたが貼ってあったり無かったりで、鉄道ファン’83-1には高運車にも貼ってあるのが載っていて驚きました。
    参考にしたいと思います。

  17. G13型電車 より:

     今晩は、Gです。
     路線名ステッカーですが貼って在ったり無かったりは転属直後で運用上使用せざる得ない時だったか、横浜線の場合は東神奈川区(後の蒲田区へ)に京浜線と共用時代は、どちらも正規の使用カラーであったが故に一時的に他カラーが混じることになったか。当方の地元でした池袋区でも山手線と赤羽線が共用みたいに使用されていて、赤羽線の車両はステッカー無しのウグイスとカナリアの混色は日常茶飯事でした。
     また、56-10改正以降、中央快速線用に201系の量産車の大量増備が始まった際に、豊田区の103系非ATC高運2~3本が津田沼区(後の習志野区)に転属の際(バーミリオンのまま)に、車体側面と前頭に黄色字に黒文字で「総武・中央緩行線」と云うステッカーを貼り出して運用されてました。
     またこの当初の前頭ステッカーが側面と同じ小型の為快速線車両との識別し難い理由から、半年くらいで、前頭部分のみそれこそ「特別快速」看板並みの大きさのステッカーに貼り替えられています。
     これは後、中野区にバーミリオンのままの201系が転配された際にも同様のステッカーが貼られています。
     これ以前は、前頭部の窓下にある手摺りとの間に貼れるサイズでやや正方形に近い白地に路線のカラー(または黒)文字ステッカーでしたね。「山手線」「京浜東北線」などが思い出されます。
     自分自身の思い出で、幼稚園時代(’73年頃)に、山手線に森之宮区(大鉄管轄の大阪環状線用)の編成が一時的に使用されて偶然、乗り合せて、幼心に「なんで山手線に中央線が来るんだ?」と今でも覚えています。この時字幕が用意されていなかった様で、後のJRR刊「東京の国電’80」誌の巻末にモノクロながら写真が載っており、この時前頭部の手摺り下に正方形の「山手線」ステッカーが貼られていたことを知りました。
     長々と駄文&隅突き、失礼致しました。
     あっ、すいませんが以前に「103系は冷改後も両栓構造なので・・・」と云う表現を致しましたが、一寸紛らわしかったんですが、クモハユニットとその相棒であったクハの-500代は冷改した後も片栓構造のため車両の向きは限られます。両栓使用が出来るのはクハ車と云う事で。

  18. ヘッポコ出戻りモデラー より:

    >G13型電車さん
    こんにちは。ステッカーはそういう理由でしたか。乗ったときもあまり記憶が無かったのですが、たまたまそういう編成に当たっていたのですかね。
    赤羽線の混色も懐かしいですね。あの頃ちゃんと写真を撮っている事ができていればと後悔しきりです。

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